デジタル VS アナログではない。併存で選択肢を広げるコープらしいDXのあり方。
生活協同組合コープさっぽろ
CIO 長谷川 秀樹
1994年、アクセンチュア株式会社入社。2008年、株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業、オムニチャネル推進の責任者(執行役員)として改革を実施。2013年、ハンズラボ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任(東急ハンズの執行役員と兼任)。2018年、株式会社メルカリ 執行役員CIOに就任。2018年11月、ロケスタ株式会社 代表取締役社長に就任(現任)。2020年、生活協同組合コープさっぽろCIOに就任。プロフェッショナルCIO/CDOとして、複数社のCIOを兼務する。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
「養老牛放牧牛乳」に心を奪われた。
私はプロフェッショナルCIO(最高情報責任者)/CDO((最高デジタル・データ責任者)として、多くの企業のシステム改善やDX化を推進しています。その私がコープさっぽろCIOの任を引き受けることになったのは、ベンチャー系カンファレンスでコープさっぽろ執行役員の方に出会ったのがきっかけです。
私は積極的に外に出て、多くの人と会うように心がけています。というのも、一つの組織内にいると、組織内の慣習に自然と染まってしまい、何が普通かわからなくなるからです。その方もまた、組織の枠にとらわれずに築くネットワークを大事に考える人でした。だから共鳴し合えたのだと思います。
また、私は前々から「旅をしながら働きたい」と考えていました。手始めに模索したのが、東京とどこかの2拠点生活です。加えて、食関連の仕事にも興味がありました。そんな私は、コープさっぽろの店舗視察時に飲んだ「養老牛放牧牛乳」に、一瞬で心を奪われました。こうしてみると、コープさっぽろで働くという選択肢は偶然ではなく「計画された必然」だった、とも感じます。
2020年2月からコープさっぽろで働き始めましたが、改善や改革に前向きな人が多いのを実感します。大きい組織ほど、従来のやり方を変えるのが難しいものですが、ここでは新参者の意見にも耳を傾けてくれる。一般企業の「経営会議」にあたる「本部長会議」の議論も活発で、一時間あたりの議題数は他組織より多いと思います。
サスティナブルの時代に即した事業体。
コープさっぽろには、一般企業の「株主総会」にあたるものとして「総代会」があります。通常、株主総会では、人的資本やビジョナリーな取り組み、中長期的に株価や業績はどうなるか、といったテーマに大半の時間が割かれます。
しかし、総代会は違います。業績についての説明は全体の3分の1程度で、残りはお客さま、つまり組合員さんの要望にどう答えたかという報告に、徹底的に時間を費やすのです。
コープさっぽろでは、売上を「供給高」、経常利益を「剰余高」といいます。商品は売っているのではなく組合員に供給しているのであり、剰余金は利益ではなく、余ってしまったお金ということです。
通常の会社なら利益が上方修正されると株価も上がって活気づきますが、コープさっぽろの場合は剰余金が出ると組合員に返すべきという議論が起こります。これがコープさっぽろの独自性であり、お客さま=組合員=株主だからこそできることで、素晴らしいと感じます。
上場会社の中には、お客さま=株主になってくれればもっと経営がうまくいく、と考える経営者が大勢います。機関投資家などから大量の資金を集め、投資して根こそぎ回収するという従来の資本主義のあり方は、サスティナブルや環境共生を重視するこれからの時代に、もはや合っていないのではないでしょうか。そういう意味で言えば、「お客さま=株主」を体現しているコープさっぽろの方が時代に即した組織体である、という気がします。
北海道のため、非合理を恐れない。
小売業界には「生活総合◯◯企業」を標榜するところがたくさんあります。しかし、うまく行っているケースは多くありません。「物販だけでなく、アクセサリーを作る文化教室をやりたい。もの作りの楽しさそのものを提供したい」とサービスを始めた会社が、売上につながらないので結局止めてしまったという話はよく聞きます。
しかし、コープさっぽろはそうではありません。非合理で、非営利な活動にも積極的です。例えば、北海道の海を大掃除しましょうと組合員さんや関係者を集め、チャーターしたバスで行ったこともあります。組合員さんから参加料をいただくわけでもないので、もちろん赤字です。
そのほかに、店舗に来られない高齢者のため、トラックを使った移動販売を実施しているのですが、ここにATMまで積んでいます。お客さまがなかなか銀行にも立ち寄れず、せっかく移動販売車が来ても買い物できないと聞き、そこまでやってしまうのです。
合理的に考えると、電子マネーを使ってもらうようにする方がはるかに良いでしょう。しかし、電子マネーを使えない高齢者もたくさんいます。だったらATMを積もうというのは、実にコープさっぽろらしいエピソードだと思います。
「◯◯店の業績が良くないから閉めよう」という話はどこの小売業でもあることですが、コープさっぽろの場合、「◯◯店を閉めたら生活難民者を出すことにならないか」という点まで議論します。近くにスーパーがある、役場前にショッピングモールがあるから、地元の人々の生活に大きな影響はない。だから閉めても大丈夫だろう、と。そこまで地域の影響を考慮する組織が他にあるでしょうか。
コープさっぽろで働いていると、こういった事例にいくらでも出くわします。本当に「北海道のため」「道民のため」にやっているのだな、ということがよく分かります。
3,000億円の組織体に、最新ITを投入。
コープさっぽろの情報システムの現状は、年商3,000億円規模の一般的な大企業に近いと思います。自前のサーバをベースにローカルネットワークで運用する、いわゆる「オンプレ」で、業務にはなお紙が多く残っており、コミュニケーションは電話・FAX・メールといった具合。
まずはシステムのインフラを新しくしなければなりません。オンライン会議をしようとしても、PCや回線が古すぎて動かない・・・では意味がありませんから。PCやネットワークを入れ替え、オンプレからクラウドやSaaSへ移行し、インターネットテクノロジーをフル活用します。
「欧米ではITを内製化している、日本は外部ベンダーに依存し過ぎだ」という意見があります。しかし、各企業が合理的判断でそれぞれの決断をしたものを一緒くたにして「日本はベンダー依存が過ぎる」というのは、乱暴な見方です。
情報システムに強く、自分たちでシステムを構築できる自信があるなら、内製した方がいいでしょう。しかし、専門的知識がないなら、信頼できるベンダーを探すべきです。
重要なのは、情報システム部がしっかりグリップするということでしょう。業務改革・システム改革を主導するのは、あくまで私たち自身だということを自覚していれば、必要に応じて外部ベンダーに頼る部分はあっていいと思います。
DXを進めるにあたっては、2種類の人材、あるいはチームが必要です。1つは、デジタル化を進めた後の業務プロセスはこうなる、と明確にイメージできる人。もう1つは、組織内で全スタッフを鼓舞し、デジタル化をどんどん展開してくれる人。この両者が揃わないと、DXはうまくいきません。
お客さまにデジタルを押し付けない。
組織内はデジタル化をどんどん進めるのに対し、お客さま向けサービスは、デジタル化によってどう変わるのか。生協には、宅配事業、スーパーマーケット事業だけではなく、保険、レクリエーション、旅行、灯油販売、配食とさまざまな事業があります。
それらが縦割りになっているので、一気通貫の横串にして効率を上げたいですね。紙での注文が中心になっている宅配も、スマホなどを活用すると利便性が向上するでしょう。
しかし、私はお客さまサービスに関して、アナログをすべて廃し、デジタルに移行させようとは考えません。デジタルVSアナログではなくて、併存することで、お客さまの選択の幅を広げることが大事です。
一般企業の中には、「今まで使っていた会員カードを全部止め、スマホに切り替えます」というところも珍しくないでしょう。ですが、コープさっぽろには、70~80代の高齢者もたくさんいます。ガラケーしか使わない人も多いのです。
そういった方々に、スマホでしか機能しないサービスを押し付けるのが「デジタル化」ではありません。デジタルでやりたい人にも、従来通りのアナログな対応を望む人にも、どちらも選択肢を用意する。それがコープさっぽろにおけるDX化の方針です。
今は「居住地選択の自由」の時代。
コロナショックは多くの変化をもたらしましたが、その一つがリモートワークの普及でしょう。今ではわざわざ満員電車に乗って出勤する必要はなく、職住を一体として捉えなくてもよくなりました。であれば、自分が本当に住みたかったのはどこか、見直してみるのもよいと思います。
「地方に移住したって、仕事なんかない」のであれば、東京や大阪の仕事をリモートで続けてもよい。しかし、移住してみると「仕事がない」というのは単なる思い込みで、自分に合う仕事がその地域で見つかる場合もあります。「職業選択の自由」という言葉がありますが、今は「居住地選択の自由」の時代に移ったのではないでしょうか。
コープさっぽろは、目の前にいる組合員さんにより良いサービスを提供するため、信念を持って最新のITを導入しようとしています。オンラインだけでビジネスが完結する新興企業ならともかく、売上規模3,000億円のリアルビジネスを行う組織が最新技術を活用するというのは、そんなにないかもしれません。
最新技術に触りたいと志向しながら、業務の都合で古いシステムを相手にしなければならず、くすぶっているような人にとって、コープさっぽろは魅力的な職場だと思います。
また、システムエンジニアだけでなく、業務改善の推進役といった立場で活躍する人も募集します。多彩なリアルビジネスを行っているコープさっぽろには、いろんな業務があります。各業務を改善し、業務改善のためシステムはこうであった方がいい、と提言し実行する人が必要なのです。
生成AIが活発化する今後は、いわゆる「システム部」なんて不要になるかもしれません。システムの分野でも、専門知識のない人がノーコード・ローコード生成システムを使って必要なプログラムを組み立てる、といったことが起こっています。
このような状況は、業務改善が大好きな人にとっては、リアルビジネスを向上させる上でむしろ大歓迎でしょう。私はこれを「ITの民主化」と呼んでいます。そういうことをやってみたいと考える人は、やりがいを持って働けると思います。