転職成功者インタビュー

SPACE COTAN株式会社
柳原佑輝さん(PMO) 46歳

日本の技術を宇宙産業へ。北海道・大樹町で始めた新たな挑戦。

自動車・二輪車の車体設計を専門に、トヨタや日産の系列企業、ヤマハ発動機で20年にわたり車両開発に携わってきた柳原さん。

ヤマハ発動機では台湾の開発拠点への出向、グローバルモデルのプロジェクト推進、開発プロセスの改革など、技術と組織の両面からものづくりに向き合ってきた。前職で掲げていた目標を一つずつ実現し、次の挑戦を考えていたときに出会ったのが宇宙産業だった。

現在はSPACE COTAN株式会社でロケットの打ち上げ場である射場開発に関するプロジェクト推進を担っている。静岡から北海道大樹町へ。やりたい仕事のために移住を決めた柳原さんの転職ストーリーについて伺った。

※本記事の内容は、2026年6月取材時点の情報に基づき構成しています。

過去の
転職回数
3回
活動期間
エントリーから内定まで160日間

転職前

業種
輸送機器メーカー
職種
車両開発・プロジェクト推進
業務内容
自動車・二輪車の車体設計、海外向けスクーターの開発、生産立ち上げを担当。台湾の開発拠点への出向を経て、グローバルモデルの開発責任者や開発日程・予算・人員計画の管理を担う。

転職後

業種
宇宙関連事業
職種
PMO(プロジェクト推進)
業務内容
北海道スペースポートの射場開発、ロケット打ち上げ設備に関するプロジェクト推進を担当。関係企業や社内メンバーと連携し、日程・予算・進捗管理を担う。

新しい挑戦を求めて、大樹町へ。

現在のお仕事はどんな内容ですか?

北海道大樹町で宇宙港の整備・運営を進め、ロケット打ち上げを支えるSPACE COTANで、北海道スペースポートの打ち上げ場開発に関するプロジェクト推進を担当しています。

ロケットを打ち上げるには、機体を支える設備、燃料を保管・供給する設備、通信、電気、気象観測など、さまざまな技術が必要です。私は各領域を担当する企業や社内メンバーと連携しながら、日程や予算、進捗を管理しています。

2027年3月の中間審査に向けて、プロジェクト全体を前に進めることが今のミッションです。

入社前のご経歴を教えてください。

大学卒業後はトヨタ系の企業で車体設計に携わりました。その後は日産車体で商用車の設計を経験し、2008年にヤマハ発動機へ入社しました。

ヤマハ発動機では、ASEAN向け小型スクーターの車体設計を担当。現地の道路事情や法規制、使われ方に合わせるものづくりを学びました。

その後は台湾の開発拠点に出向し、企画から生産立ち上げまでを推進。帰任後はプロジェクトリーダーとして、グローバルモデルの開発全体を見る立場になりました。

転職のきっかけは?

前職に不満があって転職を考えたわけではありません。社会人になった当初から、自分の中で三つの目標を掲げていました。

一つは、海外で働くこと。もう一つは、ヒットモデルをつくること。そして、開発責任者としてプロジェクトを動かすことです。

ヤマハ発動機では、海外の開発拠点への出向やグローバルモデルの開発などに携わり、ありがたいことに、それらの目標を一つずつ実現できました。その先で、「次は新しいことに挑戦したい」という気持ちが自然と芽生えてきました。

そんなとき、JAXA関係者の講演を聞く機会があり、宇宙産業に興味を抱くようになります。日本には高い技術力があるのに、宇宙産業では欧米に遅れを取っている。そのことに悔しさを感じました。

自動車や二輪車で世界と戦ってきた経験があるからこそ、宇宙産業でも日本の存在感を高めたい。その想いが次の挑戦に向かう原動力になりました。

転職活動はどのように進めましたか?

最初から本格的に転職活動をしていたわけではありません。採用する側として転職支援会社の説明を聞き、「採用される側の気持ちも知るために登録してみてください」と言われたことがきっかけでした。

登録後、リージョナルキャリア北海道のコンサルタントからメッセージが届き、SPACE COTANの求人を紹介されました。

良いことだけでなく、スタートアップであることや宇宙産業がまだ発展途上であること、大樹町への移住を伴うことなど、難しい面も率直に伝えてもらえたので信頼できました。

今の会社に決めたポイントは?

決め手は、やはり仕事内容です。SPACE COTANが進めているのは、北海道大樹町に宇宙港をつくり、宇宙産業を起点にまちづくりを進める取り組みです。単に宇宙に関わるだけでなく、地方から新しい産業をつくる。その構想に強く惹かれました。

さらに大きかったのが、CTOである干場との出会いです。日本の宇宙産業が置かれている現状や、大樹町から世界に挑むビジョンを、真剣に語ってくれました。

自動車や二輪車の開発を通じて「日本の技術が世界で戦う」現場を見てきた私にとって、その想いは深く響きました。

もう一つ、自分の中で大切にしていたのが「現地現物」の考え方です。リモートで働く選択肢もありましたが、打ち上げ場が大樹町にある以上、現地に行かなければ分からないことがある。そう考え、移住を決めました。不安はありましたが、妻が背中を押してくれたことも大きかったです。

知らない世界だからこそ、挑戦する面白さがある。

転職していかがですか?

大企業とスタートアップでは、仕事の進め方が大きく違います。前職では仕組みが整っていて、役割も明確でした。一方、SPACE COTANでは一人ひとりが担う範囲が広く、必要なことは自分で動いて進めていく必要があります。

大変さはありますが、経営陣との距離が近く、意思決定のスピードも速いです。また、前職で培った調整力は今の仕事にも活きています。多くの部門や海外拠点と連携してきた経験が、関係各社との調整に役立っています。

転職して良かったと思うことは?

世の中には、まだ知らないことがたくさんあると実感できたことです。自動車や二輪車の世界では経験を積んできましたが、宇宙産業では設備の考え方も、安全への向き合い方も、関係者の広がりも大きく異なります。

国や自治体、地域の方々との関係も欠かせません。これまで見てこなかった世界に触れられていることが、今の面白さです。

困っていることや課題はありますか?

課題は、目の前の仕事に追われる中で、振り返りや整理の時間をどう確保するかです。複数の研究テーマを束ね、関係先や社内メンバーと調整しながら進めているため、日々の業務量は少なくありません。

もう一つ感じているのは、コミュニケーションの取り方です。リモート勤務のメンバーも多く、チャットツールでのやり取りが中心です。だからこそ、自分から意識して関係をつくりにいく必要があると感じています。

生活面の変化はありましたか?

現在は単身で大樹町に移り住んでいます。以前は野球やゴルフ、テニスなど体を動かすことが多かったのですが、北海道に来てからはドライブが新しい楽しみになりました。

休日には道内の岬を巡っていて、半年ほどで走行距離は2万kmを超えました。流氷を見に網走へ行ったり、北方領土が見える場所まで足を延ばしたりと、北海道の広さを身をもって感じています。ひたすら車を走らせる時間が良い気分転換になっています。

転職を考えている人にアドバイスをお願いします。

転職ではスキルや経験のマッチングも大切です。ただ、新しい環境に入って本当に問われるのは、自分がどうあるかだと思います。

どれだけ経験を積んでいても、新しい場所では知らないことがたくさんあります。だからこそ、学ぶ姿勢を持ち続けること、素直でいること、人の考えを認めることが大切です。

転職はゴールではなく、新しいスタートです。自分が選んだ道を自分で引き受けて、正解にしていくことができるはずです。

担当コンサルタントから

コンサルタント 
續 似洋

柳原さんの転職成功の鍵は、選考プロセスを通じて「宇宙産業への想い」を具現化した点にあります。面談当初は宇宙業界への転職を現実的な選択肢として捉えていたわけではありませんでしたが、選考が進むにつれ、主体的に業界や企業について深く研究されていました。

特に、ご自身の経験を宇宙産業でどう活かすかを自らプレゼン資料にまとめ、論理的に整理して提示されたことで、企業側も柳原さんと共に働くイメージが鮮明になったはずです。

静岡から北海道大樹町への単身移住を決めるまでには、相当な葛藤があったと推察しますが、「新しいことに挑戦したい」という純粋な情熱を貫き、その舞台として北海道を選んでいただけたことは、一人のコンサルタントとしてとても嬉しく感じています。

自動車・二輪車開発で培ったプロジェクト推進力を武器に、不確実なスタートアップの環境を正解に変えていく柳原さん。北海道から宇宙産業を大きく飛躍させる一員として、今後のご活躍を心から楽しみにしています。

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