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北海道から全国のインフラへ。「ハカル、ウゴカス、トトノエル」技術で挑む。

株式会社ハイテックシステム
専務取締役 酒井 裕司

更新日:2026年8月26日

1975年生まれ、北広島市出身。函館ラ・サール高校卒業後、国学院大学文学部に入学。在学中に渋谷のITベンチャーでエンジニアとしてのキャリアをスタートし、大学を中退。GPS位置情報を活用した広告配信サービスを手がける企業などを経て、2011年に株式会社ハイテックシステムへ入社。創業者である父のもと新規事業開発を主導し、現在は専務取締役を務める。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

この記事でわかること

  • 三代にわたり電力インフラを支えるハイテックシステム
  • 「ハカル、ウゴカス、トトノエル」で広がる技術の応用先
  • 農業やごみ収集など、異分野の課題解決へ広がる技術
  • 技術に興味を持ち、顧客の背景まで想像して改善につなげる
  • 「じゃあ試してみよう」で新技術を製品化する文化

三代にわたって支え続けてきた北海道の電力インフラ。

祖父は北海道電力の水力発電所技術者でした。道内各地のダムや発電所を渡り歩いており、現役時代は家族ごと転居する生活を続けていたと聞いています。

父は芦別生まれで、幼いころから祖父が働く発電所の傍で育ちました。発電機の音や重厚な機械類が日常にある環境でした。父は大学で工学を学んだ後、日立の関連会社でエレベーターの設計をしていました。

そこへ、退職した北電の技術者たちから声がかかり、Uターンして北海道電気技術サービスの創業に参画。その後も株式会社電制(現:電制コムテック)を立ち上げて専務として関わりながら、北電の発送電関連の仕事を担い続けました。

その父が独立し、ハイテックシステムを設立したのが今から35年前のことです。三社にわたって、北海道電力の発送電関連に特化してきました。

東京のITベンチャーを経て決断した、北海道へのUターン。

私は函館ラ・サール高校から国学院大学の文学部日本文学科へ進みました。エンジニアの家系に育ちながら、当時の私を惹きつけたのは古文漢文でした。体系や法則が整っているところが好きで、気づけばプログラミングへの興味とも重なっていました。

古文漢文もプログラミングも、ロジックの上に成り立っている。根っこは同じだと今でも思っています。在学中から渋谷のITベンチャーでプログラマーとしてソフトウェア開発エンジニアのアルバイトを始め、面白さに引っ張られるうちに大学を中退しました。

ITバブル全盛の時代で、渋谷駅前にマークシティが完成したとき、第一号テナントとして入居したベンチャーで働いていた時期もあります。道玄坂周辺にはベンチャーが集積していて、夜中まで働く毎日でした。

何社かの経験を経て、GPS位置情報を使った広告配信システムの会社に入社。携帯の位置情報に応じて広告を出し分けるサービスで、ちょうどヤフーに吸収合併されて翌月から正社員になるというタイミングで、父から連絡がありました。

京極町の北電最大規模の水力発電所向けに、監視システムをゼロから開発する大型案件が動いているというのです。キリもいいし、これまでの自分のキャリアが活かせそうだと考え、2011年3月に北海道へ戻ることを決めました。

自社の強みを棚卸しして辿り着いた、「ハカル、ウゴカス、トトノエル」。

入社して最初に戸惑ったのは、父に会社が何をやっているのかと聞いても「北電さんの仕事」という答えしか返ってこないことでした。それ以上のキーワードが出てこない。ならば自分で把握するしかないと、3年かけて自社の技術を棚卸ししました。

当時はWebサイトすらない会社でした。まず自分が理解し、言葉にし、外に説明できる形にする。それが入社後の最初の仕事になりました。

センサーで現場のデータを計測し、そのデータをもとに機械や装置を制御し、人が分かる形に可視化する。この流れを「ハカル、ウゴカス、トトノエル」という言葉に落とし込んだとき、ようやく自分の言葉で会社を語れるようになりました。「うちの会社ってこういう事業をやっているんだ」と腑に落ちた瞬間です。その後、初めてWebサイトを作りました。

この言語化がきっかけで、株式会社ファームノートとの協業が生まれました。牛の動きをセンサーでデータ化するデバイスの開発は水力発電所の監視システムと技術的にはまったく同じ構造でした。

センサーで牛のデータを取得し、クラウドに送って見える化する。この取り組みは「第8回ものづくり日本大賞」で内閣総理大臣賞を受賞しました。入社後、3年かけて言葉を作った経験が、その後の展開のベースになっています。

農業からインフラまで。本質的な技術が切り拓く無限の市場。

ファームノートとの協業以降、技術の応用先は農業にとどまりませんでした。札幌の環境系機器メーカーとは、ゴミ箱の充填状況をクラウドで管理する仕組みを構築。どのゴミ箱がどれだけ埋まっているかを可視化して、収集ルートの最適化に使っています。

また、札幌のエネルギー系企業とは、灯油タンクに取り付けるセンサーデバイスを開発しました。残量が下がると自動でアラートが上がり、配送会社に通知が飛ぶ仕組みです。

クマ撃退装置の制御コントローラーも手がけています。それぞれ現場はまったく違いますが、センサーでデータを取り、クラウドで管理し、何かを制御するという構造は同じです。

人手が減っても現場の品質を落としたくないというニーズは、どの業種でも出てきます。現場にセンサーをつけて、データをもとに制御して、見える化する。それだけで解決できることが、世の中にはまだたくさんあります。技術の使い道を考え始めると、どこまでも広がっていく手応えがあります。

北海道で培った実績を武器に、全国のエネルギーインフラへ挑む。

北海道内の水力発電所約80カ所に20年以上にわたって保守支援システムを導入してきた実績が、いま全国の電力事業者に広がりつつあります。

提供しているのは、発電所の監視システムだけではありません。ダムにかかる圧力を自動で計測する「揚圧力・漏水量の自動測定システム(揚圧システム)」も、当社のコア技術の一つです。

この二つのシステムへの問い合わせが、全国の電力事業者や自治体から相次いでいます。2026年現在、神奈川県庁(企業庁)への導入を皮切りに、関西電力やJ-POWER(電源開発)への採用が進んでいます。このほかにも、導入を検討している地域が複数あります。日本全国の水力発電所は2,000カ所超、ダムまで含めればその何倍もの数になります。

「導入したい」というニーズは豊富にあり、順番待ちが続いている状況です。採用強化が急務になっているのは、そういった背景です。コロナ前には海外展開の検討も進めていましたが、今は国内の需要に向き合うことで精一杯です。

やりたい技術を、どんどん試せるフィールドがある。

技術者にとって、やりたいことをそのまま試せる環境は、当たり前のようで実は少ないと思います。制度やルールに阻まれて、試したくても試せないという経験をしているエンジニアは多いはずです。

LPWAという省電力・長距離通信の無線規格も、10年ほど前はまだ言葉が出てきたばかりでした。そのとき、うちのエンジニアから「これ、使えそうです」と声が上がって、「じゃあ試してみようよ」という話になり、実際に製品になりました。

生成AIも同じです。セキュリティのポイントだけ押さえれば、あとは自由に使っていい、とエンジニアには伝えています。

採用で見ているのは二つです。技術への純粋な興味と、顧客の状況や背景まで想像しながら会話できる力。専門知識があっても、相手の話を聞かずに答えを出してしまう人は現場では難しい。逆にその二つがあれば、技術はここで身につけられます。

当社では自社で基板を設計し、協力工場で製造した基板を自社工場で組み立て、一つの製品へとパッケージングしていきます。自分が設計した装置やシステムが発電所や農場で実際に動く。そして、エンドユーザーと直接話しながら改善できる。自分が手がけた技術が社会や現場を動かしているという手応えは、ここでしか味わえない醍醐味といえるでしょう。

編集後記

コンサルタント
續 似洋

「古文や漢文の整った法則性が面白かったんです。プログラミングも同じですよ」と、インタビュー中に少年のような笑顔で語ってくださった酒井専務。文理の枠にとらわれない、物事の本質的な美しさや法則性を見出す柔軟な視点こそが、同社の「技術をあらゆるフィールドへ応用する力」につながっているのだと感じました。

特に印象的だったのは、「エネルギー産業×北海道の中小企業」という構図の面白さです。エネルギーやインフラの現場はレガシーなシステムが多く、DXの推進が特に難しい領域と言われています。しかし、その厚い壁を打ち破り、全国のインフラをリードしているのが北海道の技術集団だという事実に大きなロマンを感じます。

泥臭い現場で培った本物の技術力と、「やりたい技術はどんどん試そう」というオープンなカルチャー。この両輪があるからこそ、全国から引き合いが相次ぐのも納得です。枠にとらわれず本質的なモノづくりに挑みたいエンジニアにとって、同社は自分の可能性を広げられるフィールドになるはずです。

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