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空港連絡バスを起点に、半導体の街・千歳へ。北海道の成長を交通から支える。

北都交通株式会社
代表取締役社長 佐藤 晃彦

更新日:2026年10月07日

1988年生まれ、千葉県出身。公立小学校で教員として勤務した後、2020年4月に北都交通株式会社へ取締役事業部長として入社。コロナ禍の経営改善、Visaのタッチ決済導入、公式HPやSNSの刷新に携わる。次世代半導体メーカー・ラピダスの千歳工場向け通勤バスの立ち上げや、千歳市内路線バスの共同運行への新規参入も担った。2026年6月5日、代表取締役社長に就任。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

この記事でわかること

  • 空港連絡バスを軸に、千歳へ事業を広げる北都交通
  • タッチ決済やWeb刷新で、利用者の不便を一つずつ改善
  • ラピダス進出と丘珠空港を見据え、地域の変化を交通で支える
  • 「安全第一」を土台に、率直な報告と挑戦を両立する組織
  • 求めるのは明るく、前向き、素直で自ら挑戦できる人

小学校教員から、バス会社の後継者へ。背中を押した会長の言葉。

当社は新千歳空港と札幌都心を結ぶ空港連絡バスを中心に、都市間高速バスのほか、ハイヤー・タクシー事業も展開しています。近年は次世代半導体メーカー・ラピダスの千歳工場への送迎や、千歳市内の生活路線バスにも事業を広げています。

私は2026年6月に代表取締役社長へ就任しました。前職は千葉県内の公立小学校の教員で、生まれも千葉県の幕張です。両親はともに小学校の教員で、親戚にも教育に携わる人が多く、幼い頃から教育が身近にありました。

物心ついたときから教師を志し、夢だった小学校教員になりました。教員時代は子どもとともに学ぶ環境が楽しく、自分がビジネスの世界に行くとは一切考えていませんでした。妻と出会って交際することになった際、妻の父が北海道でバス会社を経営していると聞きました。

そして、結婚の条件として事業承継を求められていることも知りました。「家族でやっている」と聞いていたので、バス5台程度の規模だろうと勝手に想像していました。ところが、実際は想像以上の規模の会社で、とても驚いたことを覚えています。

会長には「私は経営もビジネスも何も知りません」と正直に伝えました。返ってきたのは「会社で一番大事なのは社員教育だ。教育者だったのだから、共通する部分がある。大丈夫だ」という言葉でした。一度きりの人生、新しい世界を見てみたいという想いもあり、覚悟を決めて北海道へ来ました。

コロナ禍の入社。会長と一対一で学んだ、経営哲学。

1950年にタクシー7台から始まった北都交通は、現在、バス・タクシー部門あわせて約500名の従業員が在籍しています。私は2020年4月、取締役事業部長として入社しました。

経営もビジネスも未経験で、いきなり高い役職に就くことには正直、ためらいもありました。会長には、後継者として早い段階から現場の意思決定を経験させたいという考えがあったようです。

移住直後はコロナ禍の真っただ中で、東京から来たばかりだったため、最初の1カ月は自宅待機でした。出社を始めたのは、会社の歴史のなかでも最も厳しい時期です。主力の新千歳空港連絡バスは航空便が止まったことで売上が激減し、毎日数百万円単位でキャッシュが流出していました。

教員時代はコピー用紙や電気代を意識したことがありませんでしたが、入社後は会社を存続させるために、一つひとつの支出を見直し、判断する日々でした。

夜の会合や宴会も一切なかったため、そのぶん会長から毎日のように一対一で経営を教わりました。経営のノウハウに加え、会長が大切にしてきた「安全第一」と「経営に対する考え方」についても、繰り返し話を聞きました。経営もビジネスも知らなかった私が会長の経営哲学を理解するうえで、あの濃密な時間はかけがえのないものでした。

利用者の不便を見過ごさない。Visaのタッチ決済とウェブサイト刷新。

事業部長時代に手がけた大きな仕事の一つが、Visaのタッチ決済です。当時、当社の空港連絡バスは現金での支払いが中心でした。海外からのお客さまの利便性を高めたい一方、地方のバス会社にとって交通系IC(Suicaなど)の導入・維持コストは大きな負担になります。

そんなとき、カード会社から声をかけていただき、北海道のバス会社として初めて、クレジットカードをかざして乗車できる仕組みを導入しました。私はプロジェクトリーダーとして、システム設計の伴走から乗務員への教育までを担い、約2年かけて現場に定着させました。

2021年4月の導入当初は月186件ほどだった利用が、今では月2万5,000件を超え、キャッシュレス比率は50%を上回っています。当社の導入後に道内のほかのバス会社にもタッチ決済が広がりました。

ウェブサイトも作り直しました。従来、アクセスが集中する新千歳空港から札幌都心部への時刻表ページには、PDFが1枚貼られているだけで、スマホで拡大しなければ読めない状態でした。旅行者が片手に荷物を持って、画面を広げながらバスの時間を探している姿を想像すると、「絶対に改善しなければならない」と思いました。

スマホで直感的に見られるページへ刷新し、運行情報は社内ですぐ更新できる仕組みにしました。刷新後は、運行に関する問い合わせ電話が大きく減りました。お客さまや社内から「便利になった、ありがとう」という声を直接いただけたことは、私自身の大きな成功体験と自信になりました。

千歳に賭け、丘珠の将来を見据える。地域の変化に応える交通事業。

当社の原点は空港連絡バスです。JRがまだない時代は航空機1便ごとに8〜10台のバスを連ねて、空港から札幌市内へお客さまを運んでいました。

その空港アクセスの担い手として、近年、力を入れているのが千歳での事業です。ラピダスの千歳工場への送迎を担うほか、2026年4月には、千歳市からの要請を受け、市内の生活路線バス2路線の共同運行にも参画しました。

私は千歳市の将来性に賭けて事業を広げました。もともと千歳にはタクシーの営業拠点があったため、既存の体制を活用しながら事業を拡大することができました。車両は当初の6台から22台に増えています。

丘珠空港線は北都交通が単独で運行しています。新千歳空港が札幌都心から約50km離れているのに対し、丘珠空港は7〜8kmです。丘珠空港の年間利用者数は2025年度に約57万人となり、今後は100万〜120万人規模へ増加することが見込まれています。

滑走路の延伸が実現すれば札幌都心までの運行を通年で行い、都心に一番近い空港へのアクセスを担う丘珠空港線をさらに強化したいと考えています。

安全を土台に、「こんなことをやってみたい」と言える組織へ。

2023年6月18日、八雲町で、当社の都市間高速バスが対向車線をはみ出したトラックに正面から衝突され、多くの死傷者が出る事故が起きました。私は取締役事業部長として、すぐに対応にあたりました。あの夜、この仕事は24時間365日、お客さまの命を預かっているのだと改めて深く考えました。

だからこそ、「何よりもまず安全運行が第一だ」と、日本で一番言い続け、それを徹底する会社にならなければならない。「安全が担保できなければ、当社の存在意義などゼロだ」と、全社員に伝えています。

いまは、月曜日に本社、火曜日に大曲バス事業部、水曜日に千歳支店、木曜日に札幌ハイヤー部と、曜日ごとに各拠点を回って朝礼やミーティングを行い、会社の考え方をまとめた「経営指針」を全員で唱和しています。

安全運行に直結するヒヤリハットを、怒られることを恐れずに報告してもらえる関係をつくりたいと思っています。先生が怖すぎるクラスでは、子どもは怒られないために嘘をついたり、宿題を忘れても黙っていたりします。

会社も同じです。「宿題を忘れました」と素直に言えて、「こんなことをやってみたいです」と手を挙げられる。何か問題があったときに、些細なことでもすぐに報告してくれる。そういった温かいクラスのような組織にしたいんです。

社員一人ひとりが主役に。挑戦できる組織へ。

会社を支えてきたのは会長の強いリーダーシップでした。しかし、これだけの規模になった今、一人の目で全体を見ることはできません。これからは社員一人ひとりが当事者意識を持ち、チャレンジできる企業風土を整えていきたいと考えています。

会社が傾くような重大なリスクがある挑戦なら、私が最後の防波堤になって止めます。一方、失敗しても多少の損失で収まるような試みなら、現場の裁量でどんどん挑戦してほしい。成功すれば成功体験として自信になり、失敗しても、「次は同じ失敗をしないようにしよう」という教訓が本人に残ります。

当社が求めるのは明るく、前向き、素直で、自ら挑戦できる人です。まずは社内の人材がステップアップしてくれることが理想です。一方で、組織の過渡期を支えるために外部の管理職・リーダー候補も求めています。他業界で実績を積み、バスを運行する現場を理解しながら、多様な乗務員を人間性で束ねられる人に来てほしいです。

水たまりを前に、幅や深さを測っているうちに、時間は過ぎてしまいます。「まずは超えてみよう。裾が少し濡れるくらい、大したことじゃない」。そんなスピード感を持って挑戦できる人を増やしたいですね。

編集後記

チーフコンサルタント
新井 太樹

「千歳市の将来性に賭けて事業を広げました」と迷いなく言い切った佐藤社長。新たな需要を見据えて一歩を踏み出す、その決断の背景には交通事業者として地域の未来を支えたいという強い意志が感じられました。

新たな事業を一つひとつ前に進めるなかで、さまざまな苦労もされたと思います。ご自身が社長となった今、社員にも積極的に挑戦してほしいという想いが、言葉の端々から伝わってきました。

また、目指す組織の話になると、先生と子どもの教室を例に理想とする組織の姿を語ってくださいました。安全について繰り返し伝えながら、社員には小さな挑戦を任せる。その両方を、毎週、自ら各拠点へ足を運びながら実践している姿勢が印象に残りました。

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