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観光を通じて、地域が稼げるように。旅行業から挑む地域づくり。

株式会社北海道宝島旅行社
代表取締役社長 鈴木 宏一郎

更新日:2026年9月16日

1965年生まれ、福岡県北九州市出身。兵庫県西宮市で育つ。東北大学法学部卒業後、1988年に株式会社リクルートへ入社。仙台・東京・北海道などで求人情報誌の広告企画営業に携わる。2001年、小樽商科大学大学院商学研究科で地域活性化をテーマに学ぶ。その後リクルートを早期退職し、2007年、株式会社北海道宝島旅行社の設立と同時に代表取締役社長に就任。現在に至る。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

この記事でわかること

  • 地域の日常を旅に変える北海道宝島旅行社
  • 価格ではなく、フルオーダーメイドの体験で選ばれる旅へ
  • 旅行業を超え、地域が自ら稼げる観光の仕組みづくり
  • 売上ゼロでも解雇せず、人を「資産」として守る経営
  • 必要なのは地域や人への「熱い思い」と「営業力」

バイク旅で知った、北海道の人の温かさ。

学生時代、バイクで日本中を旅していました。愛車のヤマハSRX400で、北海道の田舎町を巡り、現地で知り合った昆布漁師の仕事を手伝ったり、旅人宿のオーナーに紹介してもらった農家で小豆拾いのアルバイトをしたりしました。

そこでご馳走になった手料理のおいしさは今も忘れられません。北海道の風景、人の温かさ、食のおいしさは別格でした。この旅をきっかけに、いつか北海道で暮らしたいと思うようになりました。

大学卒業後は株式会社リクルートに入社。仙台や東京での勤務を経て、希望していた北海道支社へ異動し、求人広告や人材研修の営業を担当しました。学生時代にお世話になった北海道へ、今度は仕事で恩を返したい。この地域の役に立ちたいという想いは北海道で働く中でどんどん強くなっていきました。

北海道拓殖銀行の突然の破綻。地域で見つけた宝物。

仕事の転機になったのは、1997年の北海道拓殖銀行の破綻です。北海道経済が冷え込み、それまで企業から受注していた求人広告の契約が相次いでキャンセルになりました。そこで、新たな仕事をつくるために自治体を回るようになりました。

「地域を元気にするために、何かお手伝いできることはありませんか」と道内各地を訪ねる中で、アウトドアガイドや農業・漁業体験に取り組む事業者、地域を良くしようと頑張る行政職員と出会いました。地元では当たり前のものが、外から来た人には大きな魅力になる。そのことに気づいたのです。

その後、働きながら小樽商科大学大学院へ進学し、農山漁村での体験を観光につなげる「グリーンツーリズム」を研究しました。仕事で築いた地域とのつながりと学びが重なり、観光を通して地域にお金が回る仕組みをつくりたいという想いが具体的になっていきました。

再び道外での勤務も経験しましたが、北海道のために仕事がしたいという想いは変わりません。17年間勤めたリクルートを早期退職し、北海道へ生活拠点を移しました。

予約が入らない日々。価格ではなく、体験で選ばれる旅へ。

退職後はコンサルティング会社での勤務を経て、2年後にリクルート時代の後輩と北海道宝島旅行社を創業しました。最初に立ち上げたのが、道内の体験型観光プログラムを紹介する検索予約サイト「北海道体験」です。

道内各地の体験事業者を直接訪ね、掲載するプログラムを増やしましたが、サイトを公開してすぐにはほとんど予約が入りませんでした。お客さまに知られるようになるまでには3~4年かかり、その間は自治体の観光地域づくりを支援しながら、何とか会社を続けました。

小さな会社が大手旅行会社と価格で競っても勝つのは難しい。それなら、北海道でしかできない体験を組み込み、一組一組のお客さまに向き合うしかないと考えました。

北海道の雇用創出事業を活用して英語ができるスタッフを採用し、シンガポールへ直接営業にも出向きました。旅行の内容や日程を先に決めるのではなく、お客さまがどのような時間を過ごしたいのかを聞き、旅を一から組み立てる。こうして、インバウンド向けのフルオーダーメイドの旅に力を入れるようになりました。

旅の目的をとことん深掘り。フルオーダーメイドで叶える。

私たちは、海外のお客さまに、行きたい場所よりも先に「今回の旅の目的」を伺います。3世代家族の旅行なら、何かのお祝いなのか、誰かを驚かせたいのか。食事制限や車椅子の利用も含め、そのご家族にとってどのような時間が理想なのかを聞いていきます。その上で、地域の人と触れ合える体験を組み合わせます。

例えば、もち米農家さんに田んぼを案内してもらい、その後、ご家族と一緒に餅つきをする。あるいは、浜のお母さんたちに教わりながら郷土料理をつくる。観光施設を巡るだけでは触れられない、地域の日常を旅に組み込んでいます。料理教室には何年も通い続けてくださるお客さまもいます。

こうした体験は旅行会社だけではつくれません。地域の観光協会や事業者と相談しながら、一つひとつ時間をかけて形にしてきました。

後に「アドベンチャートラベル」という言葉を知ったとき、「宝島がずっとやってきたことそのものだ」と思いました。大切なのは、自然や文化に触れ、新しい価値観に出会うことです。食べ慣れない食材を使った地元料理を食べることも、アドベンチャーになり得ます。

その考え方をさらに学ぶため、毎年世界各地で開催される国際サミットへもスタッフを派遣してきました。自分たちが積み重ねてきた旅の価値を、世界の中で確かめる機会になりました。

売上ゼロでも解雇はしない。社員とともに乗り越えたコロナ禍。

コロナ禍では海外からの旅行者が途絶え、2年半にわたってインバウンド事業の売上がゼロになりました。それでも、社員を一人も解雇しないと決めました。

私にとって、社員一人ひとりが会社に欠かせない「資産」だからです。時間をかけて経験を積み、地域やお客さまとの関係を築いてきた人材は、お金を出せばすぐに戻ってくるものではありません。雇用だけは絶対に守る。その覚悟で資金を借り、苦しい時期を乗り越えました。

コロナ禍の制限が緩和されてからは、少しずつお客さまが戻ってきました。現在はシンガポールからのお客さまを中心に、北米からの旅行者も増えています。5回、6回と北海道を訪れてくださるリピーターも少なくありません。

創業から19年がたち、私も創業メンバーも、それだけ年齢を重ねました。営業部門では世代交代が進み、新しいメンバーがそれぞれの事業を担ってくれています。

これからは、私たちが大切にしてきた考え方や、地域との関係を次の世代へどう引き継ぐかを考えなければなりません。社員とともに事業を守ってきたからこそ、次の世代に託せるものがあると思っています。

旅行業の枠を超え、地域が自ら稼ぐ力をつくる。

私たちが目指しているのは、旅行会社の枠にとどまらず、地域が観光を通して持続的に稼げる仕組みをつくることです。

現在は私たちが地域に入り、体験プログラムづくりから受け入れ体制の整備、ガイドの育成まで一緒に取り組んでいることが多いです。しかし、いつまでも外部の会社が地域を支え続ける形では、持続的とはいえません。

将来的には、それぞれの地域に、旅行商品を企画・販売できる観光地域づくり法人(DMO・DMC)が育ち、お客さまに合わせた提案を地域から発信できるようになってほしいと考えています。

こうした事業をさらに広げていくため、二つの職種で仲間を募集しています。インバウンドのお客さまへオーダーメイドサービスを提供する「トラベルデザイナー」は、英語でお客さまの希望を聞き取り、状況に応じて柔軟に対応する力が求められます。そして、いま特に必要としているのは地域とともに観光地域づくりを進めるコンサルタントです。

地域の事業者をつなぎ、その土地の自然や歴史、文化を生かした体験をつくる。さらに、値付けや受け入れ体制構築までを地域の人々と一緒に考えていく仕事です。

必要なのは、地域や人と向き合う熱い気持ちと営業力です。地域を回り、人と信頼関係を築きながら、簡単には答えが出ないことにも粘り強く取り組める方と一緒に挑戦していきたいと考えています。

外国人旅行者が地域の人との交流を喜び、その姿を見た子どもたちが「お父さん、お母さんはかっこいい」と、自分たちの地域に誇りを持つ。そんな好循環を北海道各地に広げていくことが、私たちの目指す未来です。

編集後記

チーフコンサルタント
宮崎 美晴

インタビューを通して印象に残ったのは、鈴木社長が観光の知識や英語力以上に、「地域の人と信頼関係を築く力」を大切にされていたことです。

実際に鈴木社長自身もリクルート時代に道内各地の自治体を回り、地域の人々との関係を築くところから現在の事業につながる経験を重ねてきました。北海道宝島旅行社の仕事も単に旅行を企画するのではなく、地域に入り、人と人をつなぎながら新しい体験をつくっていく仕事なのだと感じました。

観光業界での経験がなくても、営業や企画などで培った力を北海道の地域づくりに生かせる可能性がある。そんな仕事の広がりを感じた取材でした。

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