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北海道のマーケティングを進化させる。三代目が描くパートナーとの共創。
株式会社インサイト
代表取締役社長 浅井 亮介
大学卒業後、東京の大手広告会社である株式会社アサツーディ・ケイ(現:株式会社ADKホールディングス)に入社。デジタル部門でメディアプランニングに携わり、のちに会社内でトップクライアントだった大手トイレタリーメーカーを担当。その後、株式会社博報堂へ転職し、自動車メーカーや菓子メーカーなどナショナルクライアントの営業を担当する中で、「自分が誰よりもクライアントを理解し、介在価値を発揮する」仕事のスタイルを確立する。家業である株式会社インサイトに三代目として参画し、現在は北海道・東京での広告事業とふるさと納税事業を柱に、「北海道No.1のマーケティングパートナー」を目指して事業を牽引している。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。
東京での経験がつくった、営業としての原点。

私が広告業界に進んだのは、就活中に参加したセミナーで広告の力に触れたことがきっかけでした。
企画一つで市場が動く。その事実に強い衝撃を受け、「自分も企業の成長に関わりたい」と思うようになりました。
アサツーディ・ケイに入社した当時は、若手に求められる基準が高く、量をこなすことで質を磨く文化が当たり前でした。
目の前の仕事に食らいつく毎日でしたが、次第にどんな案件も自分ゴトとして向き合えるようになり、2年目には大手クライアントを任されるまでに成長できました。
あの時期に積み重ねた圧倒的な量と、意識が切り替わった瞬間からの吸収の速さは、今も自分を支える土台になっています。
博報堂への転職後は、期待と現実のギャップに直面しました。代理店出身だからできて当然と言われる一方で、営業経験はゼロ。成果を出せない日々が続きました。
それでも「自分ゴトとして向き合う」という姿勢だけは手放さず、任されたブランドを徹底的に理解しようと決めました。
クライアントの車に実際に乗り、競合車と乗り比べ、販売店で接客を受ける。生活者としての感覚を自分の身体で確かめながら、事業の視点と生活者の視点を往復して提案をつくる。
このプロセスを重ねる中で、「クライアントが言うから」ではなく、自分の意思を持って提案することこそが営業の介在価値だと気づきました。
あの頃に掴んだ感覚は経営者になった今も変わりません。振り返れば、キャリアの転機はいつも壁と向き合った先にありました。
三代目として向き合ったのは、会社の再設計。
家業であるインサイトに戻ったとき、真っ先に湧き上がったのは「この会社はもっと伸びる」という確かな手応えでした。
長年、不動産やアミューズメントを中心に歩んできた会社のなかに、自分には変えられる余白が見えていました。特に象徴的だったのは仕事との向き合い方です。
相談を受けてから考えるのか、相談を受ける前から動きはじめるのか。その違いが、1週間後、1年後の成果を分けるほど大きな差につながることを私は外の世界で痛感していました。
だからこそ、最初に取り組んだのは組織の「考え方の土台」を変えることでした。クライアントの事業課題から発想し、言われたことをそのまま返すのではなく、「なぜこの施策なのか」を自分の言葉で語れるチームへと変えていく。
その基盤をつくるために、パーパス・ビジョン・バリューを一から再定義し、人事制度・評価制度も外部の専門家とともに一新しました。評価が「さじ加減」に見えないよう、行動と成果の可視化を進めたのもこの時期です。
当社は社員が前向きに挑戦し続けられる組織でありたいと考えています。その想いが会社の変革を押し進める強い原動力になりました。
北海道と東京、二拠点で広がる事業のフィールド。

現在のインサイトは、北海道の広告・マーケティング事業、東京の広告事業、そしてふるさと納税事業という三つの柱で成長を続けています。
北海道では、北海道日本ハムファイターズをはじめとした長くお付き合いのある企業に加え、道内を代表する企業や東京発のSaaS企業との取り組みも増え、扱う領域は確実に広がってきました。
経験豊富なメンバーも増え、事業の幅や深さが着実に厚みを増しています。
一方で東京オフィスは立ち上げから1年半。順調に成果を積み重ねており、北海道メンバーとの連携によって生まれた案件も少なくありません。
東京で培われた進め方や発想が、北海道のプロジェクトにも自然と循環し、チーム全体の成長速度を押し上げてくれています。
社内の勉強会「インサイト塾」では双方のノウハウが共有され、少しずつ「インサイトらしい仕事の型」ができ始めています。
もちろん、変化が大きい初期は戸惑いや不安もあり、離職も一定程度ありました。それでも今、組織に残っているメンバーは確実に自走力を高め、変化を前向きに吸収する空気が生まれています。
北海道と東京、それぞれの強みが溶け合いながら新しいインサイトが形になりつつある。次のステージに進む準備が、いま確かに整ってきています。
ふるさと納税事業を軸に、地域産業の未来をつくる。
ふるさと納税事業はインサイトが最も力を発揮できる領域の一つです。
北海道の自治体には、まだ光が当たっていないポテンシャルが数えきれないほど眠っています。その可能性をどう未来へつなぐのか。そこに、この事業の本質があります。
かつて主流だった「代行業」だけでは、もう選ばれない時代になりました。寄付額の半分が自治体の財源となる以上、その使い道まで含めて地域のこれからを共に描く姿勢が不可欠です。
シティプロモーションとして位置づけるのか、新たな産業を生み雇用をつくるのか、あるいは地域で挑戦するプレイヤーをどう増やしていくのか。
私たちは、こうした視点を往復しながら自治体や事業者と向き合ってきました。実際に、地域おこし協力隊を活用した現地採用モデルや、寄付を原資として地方創生プロジェクトを展開する動きも進み始めています。
地元に新しい仕事が生まれ、地域を支える担い手が増えていく。それは、ふるさと納税という制度が本来持つ力を、地域の未来に変換する取り組みだと感じています。
地方には見せ方一つで価値が大きく跳ね上がる企業や産品が数多く存在します。その潜在力を引き出し、地域にお金と人の循環をつくること。それはインサイトにとって、事業を超えた使命そのものです。
目指すのは「北海道No.1のマーケティングパートナー」。

私が目指しているのは、インサイトを「北海道で最も信頼されるマーケティングパートナー」に育てることです。それは売上を伸ばすという単純な話ではありません。
本気で事業課題を解決したいときに、真っ先に思い浮かべてもらえる存在になること。北海道にいながら挑戦の幅を広げ、正当に評価される環境をつくること。
そして、地元に戻りたいマーケターや、北海道でキャリアを築きたい若い才能が安心して飛び込める受け皿であり続けること。そんな未来を描いています。
インサイトには、北海道と外の世界をつなげる独自のフィールドがあります。
北海道の企業や地域が持つ豊かな可能性を掘り起こし、そこに新しい視点や技術を掛け合わせる。その循環があるからこそ、地元にいながら幅広い経験を積むことができ、自ら動く人には大きな成長の機会が生まれます。
「北海道で働くこと」がキャリアのハンデではなく、むしろ武器になる。そんな組織をつくりたいのです。
評価制度を刷新したのも、そのためでした。社歴や年齢に左右されず、行動と成果を正しく評価する仕組みに変えたことで、自ら挑戦し、道を切り開く社員が確実に増えてきています。
世代交代を経た今は、新しい組織の形を一緒に作っていけるフェーズにあり、採用の重要性はこれまで以上に高まっています。
私たちが求めるのは、変化を楽しみ、できない理由ではなく「できる方法」を考えられる人です。
評論するのではなく、クライアントの事業を自分のものとして受け止め、最後まで責任を持ってやり抜ける人。そんな仲間と共に、インサイトの未来をこれから形にしていきたいと考えています。
北海道には、まだ大きな伸びしろがあります。ナショナルクライアントと本気で向き合う余地もあれば、地域事業を飛躍させる可能性も無数に眠っています。
インサイトだからこそ提供できる価値を磨きながら、この地から新しい未来を切り拓きたいと強く思っています。