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デジタルなど新領域への挑戦が結実。創業50年を目前に、挑戦は止めない。

株式会社インサイト
代表取締役 浅井 一

更新日:2022年11月02日

1958年生まれ。1980年に株式会社大利企画(現:インサイト)へ入社。主に営業企画業務に従事。1990年、急逝した父の後を継ぐ形で、同社の社長に就任。2006年には社名を「インサイト」に変更するCIを実施。2008年、札幌証券取引所アンビシャス市場への上場を果たす。「北海道における最高のマーケティング・プロモーションパートナー」を理念に掲げている。
※所属や役職、記事内の内容は取材時点のものです。

社長に就任した頃、バブル崩壊を経験。

私が父の創業したインサイト(旧大利企画)に入社したのは、1980年、22歳の時です。当時は日本経済が右肩上がりで、広告の仕事もたくさんありました。しかし下請けの制作会社では、利益があまり取れません。そこで顧客と直接取り引きを行おうと、広告代理店としての動きを強めました。

徐々に直取引のお客様が増え、いい形になってきた矢先に、父が急逝してしまいました。それで、何の準備もしていなかった私が会社を継がざるを得なくなったのです。1990年のことです。

この後、バブルが崩壊。当社売上も一気に3割ダウンし、それが数年続きました。何とかしようと、番頭役だった経営陣を頼りながらもがいたのですが、私自身が経営者として未熟で、大変な思いをしました。

1990年代の後半、私は自社の立ち位置をもう一度見直すことにしました。苦しくて試行錯誤してはみたものの、時代の逆風には抗えない。であれば、自分のやりたいことをやろうと。

最初に取り組んだのがISOの取得です。当時の広告業では、「とにかく良いクリエイティブを提供すればいいんだ」といろんな業務を感覚だけで進めてしまう風習がありました。そういう筋の通らないことは止め、「会社のルールを遵守する体制にしよう、会社の根幹を作っていこう」という思いがありました。

社員の反発はかなりのものでした。「工場じゃないのに、なぜそんなことを?」「今さら細かなルールで縛られるなんて面倒くさい」と。そういう社員が辞めていき、30名くらいの社員が18名まで減ってしまいました。

しかし、結果的には良かったと思います。会社は縮小したけれど、ルールから逸脱したことをやる人間がいなくなり、みんな同じ方向に進めるようになったのです。その後、コンプライアンスの重要性が社会的に言われ始め、自分の選択は間違っていなかったと実感しました。

社名変更を実施、株式上場を果たした2000年代。

2000年前後に起こったのがITバブルです。広告もデジタルに移行するだろうと言われながら、業界の実態はそれほど変わらず、アナログのまま。でも私は、必ずデジタルに変わると見ていました。

今はまだ本流でなくとも、きっと潮目が変わる。その時に向け、今から新しい広告のやり方に取り組んでいかないといけない。新たなチャレンジを実行してアドバンテージを取るには、自社に力をつけておく必要がある。そう考え、2003年頃から上場を志向するようになりました。

2006年、社名も「インサイト」と改めました。デジタルの時代に対応するため、大きく変わるのだということを社内外に示すためです。それとともに2008年、札幌証券取引所アンビシャス市場への上場も果たしました。

社名変更と上場により、仕事の質が上向きになったと感じます。上場によって信頼度が向上したおかげで、ビジネスにおける与信の問題が発生することはなくなりました。顧客が全国大手だと、地方の広告会社はどうしても弱い立場にあったのですが、上場以降は立場の格差を感じることも少なくなり、対等なパートナーとして提案する場面が増えました。

環境面が整ったことで、デジタル分野の案件にも徐々に対応できるようになりました。大きなうねりとなったのは、2015年くらいからです。デジタル系、ITに関わる仕事が格段に増えていきましたが、以前から準備していた当社は、スムーズに移行できました。

デジタルなど新領域の挑戦が、実を結んできた。

業績は堅調に推移しています。2021年度実績で19億6000万円、2022年度が26億3000万円、2023年度は30億円を突破するでしょう。

事業の牽引役の一つが、ふるさと納税関連のコンサルティングです。ふるさと納税は、全国的に8000億円程度にまで拡大しています。各自治体が行うものですが、納税者に返礼品を選んでもらうには、それなりの商品選択や見せ方があります。

納税者の眼にとまらないと納税につながらないのですから、各自治体にとっても返礼品を用意する事業者にとっても、選択してもらう工夫は重要。そういった商品のリブランディングや広報は、私たちの得意とする分野です。現在では協力会社と一緒に、商品のデリバリーまで一貫して当社が担当しています。

ふるさと納税コンサルに取り組み始めたのは5年前。当初はほとんど利益が出ませんでしたが、新規事業とはそういうものです。余力があるうちに新しいことを始めないと、次の芽がありません。ふるさと納税コンサルはいい形で成長してくれました。これに伴い、行政からのコンサル案件も増えています。

デジタル系に関しては、『インサーチ札幌』という札幌に特化したマーケティングシステムを独自に開発し、顧客のトータルプロモーションやダイレクトマーケティングに役立てて来ました。

昨今、特に増えているのは、Web系・SNS系の広告です。これに関しては「場所を選ばない」という特徴があります。GoogleであれYahoo!であれTwitterであれ、どの企業がどこの広告代理店に任せても、同じように発信できます。

そのため、当社にも首都圏の企業から依頼されるケースが増えています。同じクオリティーなら、東京よりコスト的に抑えられるというメリットもあるのでしょう。

2016年には、日本オラクル社のクラウド型システムを活用してSNSのビッグデータを分析する『Insight+(インサイト・プラス)』 を開始。2017年にはSNSマーケティングで国内最大規模のアライドアーキテクツ社と業務提携。2020年はカタログギフトの最大手であり、日本全国に届く物流システムを持つリンベル社と業務提携しました。

これらの経験は、SNS系広告、あるいはふるさと納税コンサルに関する独自のノウハウやスキルを育てるのに、大いに参考になりました。様々な工夫が、ここに来て実を結んでいると実感します。

広告ビジネスをコアとして、柔軟に発想を広げたい。

広告ビジネスが当社のコア・コンピタンスであることは変わりません。それを軸に、柔軟な発想で事業を広げていきたいと考えています。

SNS、ふるさと納税コンサル以外に、もう一つ柱を作りたいですね。実は当社は、毎年一つずつ、新しい商品を開発してきました。前述のインサーチもそうですし、他にインムービー、インシェア、札幌駅前ビジョン、講演会インフォ北海道、パーソナルブランドブック、札幌広告.comなどの自社媒体を立ち上げています。

もちろん全てが成功しているわけではありません。が、重要なのは、新しいことにチャレンジする姿勢です。しんどいけど、新しいことを始める。それによって、今までになかった知見を得る。その積み重ねが、会社の進化につながるのです。

デジタルの世界で言うと、メタバースとかブロックチェーンといった分野がありますね。ちょっとコスト的に厳しい面もありますが、新しい分野があるのなら、挑戦しない手はないと思います。新しい分野に踏み出すことで、本業である広告ビジネスのチャンスも広がるのです。

広くアンテナを張り、積極的にチャレンジしてほしい。

2025年、インサイトは創業50周年を迎えます。これに向け、若手中心のイノベーション推進会議を立ち上げました。今後、事業や会社をどういった方向に進めるべきか、どんな存在意義の会社であるべきか、次代を担う若手自身に検討してもらうためです。

みんなが同じベクトルで、ワクワクする仕事をしてほしいと思っているのですが、新たに加わってくれる仲間も、同じ目的意識を持ってくれる人であればいいですね。

必要なのは、チャレンジする姿勢です。いろんな物事に広く関心を持ちつつ、どこか一つは誰にも負けないという深いこだわりを持っている。そういう人は、いざタイミングが訪れた時に素早く反応できます。

「広く浅く」でいいんです。何にでも精通する必要はない。でも一つだけ、得意分野を持っていた方がいい。得意分野が一つあれば、他に興味が湧くジャンルが出てきた時、自分の得意分野と同じように深く掘って考えることができます。

広告業界では、それが重要です。当社がスムーズにデジタルに移行できたのも、広告という得意分野がありつつ、デジタルへの興味も持ち続けたからです。

クライアントの最良のプロモーションパートナーとして、一緒にチャレンジし、新たな価値を生み出していきましょう。

編集後記

コンサルタント
新井 太樹

浅井社長が事業承継した経緯やその後の紆余曲折の歴史をお伺いし、数々の悔しさや新たな発想の積み重ねの上に今があるのだと感じました。特に、「毎年新たなサービスをリリースしていて、全てが成功しているわけではないが、収益を生み出しているものもあり、こういった新しいことに取り組むことが次につながっている」というお話が印象的でした。デジタルシフトを含めた世の中の潮流に乗って突き進むインサイト社をより一層支援させていただきます。

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