転職成功者インタビュー

株式会社れんせい
橋口祐樹さん(仮名・予備校運営) 32歳

故郷で「人生のミッション」を達成する!

北海道で生まれ育ち、東京で人材関係の広告制作ディレクターとして活躍していた橋口祐樹さん(仮名)は、2010年9月に故郷に戻り教育関係の会社にリージョナル転職を果たした。東京で学生時代から希望していた職業に就き、八面六臂の活躍をしていた橋口さんが転職を考えるようになった大きな要因は、「自分の人生のミッションとは何か」を模索し始めたからであった。その結果、従来とはまったく異なる職業に転職した橋口さんに、その経緯やリージョナル転職によって生まれたさまざまな変化について語ってもらった。(※本記事の内容は、2014年5月取材時点の情報に基づき構成しています)

過去の
転職回数
2回
活動期間
エントリーから内定まで228日間

転職前

業種
広告業界
職種
ディレクター
業務内容
自社メディア(Web・紙)を使った広告 コンテンツ制作を担当。 顧客折衝からチームマネジメント、取材、撮影、費用対効果検証、 新人育成を行う。

転職後

業種
予備校経営
職種
教室運営
業務内容
受講生に対する進路指導や相談窓口業務を担当。

「自分は何を為せたか?」すべてを棚卸し

現在のお仕事はどんな内容でしょうか。

難関大学を目指す高校生を対象とした予備校で、高校生に対し進路指導や相談を受ける仕事をしています。今は自分から大人に悩みを打ち明けて相談できる生徒はほとんどいないので、こちらから「どうなんだい?」と声をかけて、はじめて「実は......」と悩みが出てきます。彼らの悩みは勉強の仕方や大学の選択だけにとどまらず、「将来、自分は何をしたいんだろう?」といったものまであり、それを見付ける伴走者のような役割です。

前職ではどんなお仕事をされていたのでしょうか。

広告制作のディレクターです。企業の人材課題の解決を担当する部門に所属し、お客様の悩みをヒアリングしながら「こういうコミュニケーションがいいのでは」と提案し、自分で取材・コピーライティングを行うほか、カメラマンのディレクションやデザイナーへの依頼も担当しました。4年間で約300社、450名の経営者、人事担当者と人材課題及び、その先にある事業課題の解決に取り組みました。

大変充実していたのですね。それが転職を考え始めたきっかけは何ですか。

当時、自分が一番やりたかった仕事はできていました。人が何かを選択するときに背中を押してあげるのが広告の役割で、中でも最も勇気がいる選択が「仕事を選ぶ」ことだと思っています。最も勇気がいる時に背中を押せるポジションにいられる。それが採用にまつわる広告作りがやりたかった理由です。ただ、せっかく自分が作った広告をきっかけに顧客企業がいい人材を採用できても、一年、二年と経つうちにかなり辞めてしまう......。そういう現実を目の当たりにして「自分は何を為せたか?」と考えるようになりました。一方、この会社には人材を定着させ、持てる力を発揮させるようなコンサルティングを行うサービスもあって、もしかすると自分がやりたい仕事はこちらかなとも思い始めました。また、私は北海道出身で母一人子一人の家庭だったので、そろそろ地元に帰らねばという気持ちがありました。

ご自身の仕事のあり方について、かなり真剣に悩まれたのですね。

そこでコーチングのスキルを持つ会社の先輩のコーチを受けながら、自分のやってきた仕事の棚卸しをして、自分がやりたいことや向いていることは何か、人生のミッションは何かを考えたんです。その結果、私の人生のミッションは「すべての人が自分に価値を見出しながら生きられる世の中をつくる」ことだと見えてきました。今まではその手段が広告でしたが、人生のミッションを実現できる手段になるのなら、どんな仕事でも選択肢になり得る。では地元に帰るとしたらどんな仕事があるのか、転職エージェントを通じて探し始めました。

ミッションがお互い合致する企業に出会う

転職エージェントにはどんな条件を出しましたか。

私の地元、北海道で働けること、社内研修・人材育成に関わりたいのである程度の規模があること、変化に貪欲であること、自分のミッションと合致することです。それにハマったのが現在の会社でした。若年層の減少や競合企業の増加などで会社を取り巻く経営環境が厳しく、まさに自ら変化しようとしているタイミングであり、なおかつ会社の掲げるミッションが私のそれと合致していました。前職のOBで尊敬できる方が経営陣にいるという安心感もありました。

まったく違う仕事に転職されて、現在の感想はいかがですか。

高校生を相手にした一対一のコミュニケーションで、いかに自分の伝える言葉が相手に刺さらないかを痛感しています。広告制作ディレクターだったのでメッセージを人に伝える技術には自信を持っていたのですが、「自惚れるな」と神様に言われた感じです。でも、この気付きは自分にとって大きく、これからの成長につなげたいと思っています。

生活面の変化はいかがですか。

実は今回の転職を機に、以前からお付き合いしていた女性と結婚することを決意しました。今二人で住んでいるのは実家まで電車で30分くらいのところで、気軽に母と会えるようになりました。以前は一回数万円払い長い時間をかけて帰省していましたから、これは大きな違いです。おかげで祖母を看取ることもできました。東京にいたら間に合わなかったかもしれない......。マイナス面を考えるとやはり給料が大きく下がりましたが、それにもまして手に入る成長や経験も「収入」だと考えているので問題ではありません。

最後に、リージョナル転職を検討している方にアドバイスをお願いします。

収入の減少や企業規模、自分のキャリア、周囲の理解などなど、不安要素をあげていったらキリがないですよね。でも、全ての不安要素が解消されたら転職する、というスタンスだと決断できないままおじいさんになってしまいます。そうではなく、収入が低ければ上げる努力をすればいい、企業規模が小さければ大きくしてやればいい、周囲には納得してもらえばいい。つまり、多少のギャップは自分の力で埋めていけばいいんです。ちょっと厳しい言い方かもしれませんが、そのくらい「気持ちの腕まくり」ができないと、リージョナル転職の資格はないかもしれません。

担当コンサルタントから

コンサルタント 
千葉 悠樹

2009年11月東京ご在住時に弊社webサイトを通じエントリーがあり、面談させていただきました。面談では、誠実で謙虚、真摯な姿勢で常に相手の事をお考えになる方だと感じました。また顧客志向が強くビジネスマンとして、人として「信念」をお持ちでした。生まれ育った北海道で30歳を転機に働くことを、人材育成に関わることを希望されていました。ご紹介先は異業種でしたが、書類提出から内定まで2ヶ月でご転職が決定されました。ご転職後はご結婚されお母様への親孝行もされておられるご様子です。「気持ちの腕まくり」に少しでも弊社がお役に立て大変嬉しく思います。

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